「同じ言葉を伝えれば、同じように理解される」ではない
内容を「把握」できなければ「わかった」とはならない。
内容を「納得」していなければ「わかった」とはならない。
内容を覚えて「再現」できなければ「わかった」とはならない。
前に、この「わかる」の3段階を基に、伝え方のテクニックをご説明しました。また伝え方の絶対法則「テンプレップの法則」もご紹介しました。ここで紹介した手法が日本中に広まれば、「伝えたいのに、うまく伝わない!」「あの人は何を言いたいのかわからない!」という“コミュニケーションストレス”は格段に減るはずです。職場でもプライベートでも、お互いに伝えたいことが伝わるようになります。
そして、ここからが「発展編」です。池上彰さんの解説を思い出してください。非常にわかりやすいですよね。池上さんの解説・伝え方は、ここまでお伝えしてきた鉄則に沿っています。ご本人が意識されているかは不明ですが、客観的に観るとそう思えます。ですが、みなさんがこの法則をマスターしたら、すぐに池上さんのようになれるかというと、じつはそうではありません。池上彰さんの説明が抜群にわかりやすいのは、これらの「基盤」の上に、別の能力が存在しているからなのです。
それは何か? 「相手に合わせて、相手が理解できる言葉で伝える」「相手に合わせて、相手が理解できる行間で伝える」という能力です。これもご本人が意識しているかどうかはわかりません。しかし、結果としては、これが「池上彰さんが池上彰さんたる理由」だと、私は思います。
では、これは池上さんだけの特殊能力なのでしょうか? 彼が生まれ持った天性の才能なのでしょうか?
じつはそうではありません。この能力も身につけることができます。野球やゴルフと一緒で、正しい知識に基づいた正しい練習方法を知り、トレーニングをすれば、上達していくのです。現に私自身も、大学受験予備校で「やり方」を知り、その後の大学生活で練習を重ねたことで、「わかりやすく伝える方法」を身につけることができました。誰にでも身につけられるスキルなのです。
では、どうすればその能力を身につけられるか、ここからご説明していきましょう。
■“ちゃんと伝えた!”のに伝わっていない理由
多くの人が勘違いしているポイントがあります。それが、「同じ言葉を伝えれば、同じように理解される」ということです。しかし、同じ言葉を投げかけても、相手が全員、同じイメージを抱くとは限りません。これは「伝える」ときに、押さえておくべき非常に重要な事実であるにもかかわらず、ほとんどの人が意識していません。じつは、これが「わかりづらい!の最大原因」なのです。
ここは少しわかりづらいかもしれませんね。これから具体的にご説明します。
みなさんが100人を前にして、何かを説明するとしましょう。目の前にいる100人があなたの話を聞いています。当然、皆さんが発する言葉は、全員に同じように届きますね(「聞こえる・聞こえない」ではなく、同じ文字列として届きますね)。そのため、皆さんは100人に対して同じように伝え、100人が同じように理解すると思っているでしょう。
しかし、じつはそれは誤解なんです。相手が100人いたら、100通りの理解がされる可能性があるのです。
どういうことでしょうか?
たとえば、あなたは「携帯電話」と聞いて、どんな物体を思い浮かべますか? iPhoneなどのスマートフォン、もしくはガラケーといわれる従来の日本メーカー製の折りたたみ式携帯をイメージする人も多いでしょう。しかし、人によってはお年寄り向けの「らくらくフォン」や子ども向けの「キッズケータイ」のことをイメージする人もいるでしょう。
「ふつう、携帯って言ったら、スマホのことでしょ?」と思った方、危ないです。それはあなたの勝手な思い込みです。「らくらくフォン」も「キッズケータイ」も携帯ですよね。「ガラケー」を好んで使う人も大勢います。
このように、「けいたいでんわ」という同じ文字列を伝えても、聞いている人がイメージするものは違うのです。そして、イメージするものが違えば、それが意味する内容が変わるのも当然のことです。つまり、「けいたいでんわ」という言葉を発した瞬間に、皆さんが思い描いているイメージから、少し離れてしまった人がいるわけです。皆さんがiPhoneをイメージして「けいたいでんわ」と言ったのに、相手が「らくらくフォン」をイメージしたとすれば、あなたの伝えたかったイメージは伝わっていないということです。
「人によって、受け取り方が違う」
簡単に言うと、そういうことかもしれません。しかし、「世の中いろんな人がいるからねぇ」では終わらせることはできません。発した言葉が100人100通りで理解されるのを「仕方ない」と放置していては、伝えたい内容を届けることができないからです。なぜ人それぞれで理解の仕方が違うのかを把握し、どうしたら意図通りの理解をしてもらえるかを考えなければいけません。答えは、「脳の構造」にありました。
■脳は情報をどう認識するのか?
人は、「けいたいでんわ」などという文字列で入ってきた情報を、すでに自分の頭の中にあるイメージと付け合わせて理解しようとします。そのイメージを「心像」といいます。「心に持つイメージ(像)」だから「心像」です。つまり、外から情報が入ってくると、自分の中にあるイメージを引っ張り出し、「いま入ってきた情報は、前から知っていたこれのことだね」といって理解・処理するのです。ここで情報が文字列から「自分が持っていたイメージ」に変換されることになります。
人間同士は言葉で意思の疎通を図りますし、他人に説明をする時には言葉で伝えます。そのため、人間は言葉(文字列)でものごとを理解していると感じるかもしれせん。しかし、脳の仕組みはそうなっていません。脳は、耳から入ってきた文字列を「既に持っているイメージ」に変換して理解しているのです。
ただ、ここで問題が起こります。耳から同じ言葉(文字列)が入ってきても、頭のなかでその言葉をイメージに置き換える過程で、人によって「差」が生まれてしまうからです。耳に入った文字列は同じでも、各自が頭の中で独自のイメージに変換をする、すなわち、独自に情報を変えてしまうということです。
もちろん、「白」を「黒」に変換してしまうようなことは通常ありません。ですが、さきほどの例のように「けいたいでんわ」という文字列からiPhoneをイメージする人もいれば、「らくらくフォン」をイメージする人もいます。「当たらずとも遠からず」のイメージに変わっていってしまうのです。
別のケースを紹介しましょう。かつて、わたしが株式会社サイバーエージェントでインターネット広告の営業をしていた2004年ごろの話です。インターネットバブルを経験した後だったものの、ようやくADSLが浸透し始めたころでした。当時はまだ、インターネットに対する認知は浅く、まだまだこれからという状態でした。そんな時の話です。
ある時、とある場所で知り合った50代の中小企業の社長さんと話をしていました。
「木暮君、インターネットの会社に勤めてるんだって?」
「はい、そうです。これからはインターネット広告がどんどん伸びると思いましたので。Aさんの会社はホームページ持たないんですか?」
「ホームページ?? うちは不動産屋だよ? そんなの持つわけないでしょ。」
「でも、これからインターネットの時代なので、ホームページは作っておいた方がいいと思いますよ」
「いやいやいや、いらない。あんなニュースないし、他の企業の広告載せる商売もしたくないよ」
ここで、わたしは、このAさんが勘違いしていることに気づきました。Aさんは、いわゆる「ホームページ」ではなく、「Yahoo!」をイメージしていたのです。今となっては笑い話ですが、当時は、「ホームページ=Yahoo!」と勘違いしている人が結構いました。そのため、「ホームページ」という単語から、Yahoo!の画面をイメージしてしまうのです。そして「御社もホームページ作ったら?」というフレーズが「御社もYahoo!作ったら?」という意味に変わっているのです。そうなると、いくら私がホームページの役割や重要性を訴えても伝わりません。Aさんには「御社も、Yahoo!をつくった方がいいですよ」と聞こえているので、「そんなものはいらない」と答えるに決まっているのです。このように、同じ言葉でも、人によって別々のものを思い浮かべていることはよくあります。こういうことが起きるのは、人が「心像」で、ものごとを理解するからなのです。
これを「Aさんが誤解したんだね」で済ませてはいけません。たしかに、ホームページ=Yahoo!ではありません。しかし、Aさんは「ホームページ」という言葉を耳にすると、頭の中で自然に「Yahoo!」のイメージに変換されてしまうのです。それが、Aさんにとっては「自然な発想」なのです。だから、Aさんが勘違いしなければいい!とは言えません。「私の話が伝わらないのは、あなたの思考回路がおかしいからだ」とは考えるのは間違いですよね。むしろ、相手に違う「心像」を思い描かせるような言葉を使ったことを反省すべきなのです。
「自分は、正しく伝えた! 相手が勝手に誤解しただけだ」
そう言っている人を、たまに見かけます。ですが、相手に理解してもらうことが「伝える側」の役目ではないでしょうか?そして、だとしたらこれは単なる責任逃れでしかありません。
■「正しい言葉で伝えれば、正しく伝わるはず」は大間違い!
そう考えると、正しい言葉を使って、正しく表現をすれば、伝えたいことがそのまま正しく伝わる、ということが誤りだと気付きます。皆さんが投げかけた言葉が「辞書的に正しいかどうか」は問題ではありません。率直に申し上げて、そんなことは「どうでもいい」のです。
人は、ある言葉を投げかけられたとき、それに反応して無意識的にある「心像」を引っ張り出します。これは、その人にとっては「自然な発想」なのです。その「自然な発想」を「間違っている」と言っても意味がありません。むしろ、相手の「自然な発想」=「この言葉でどんな心像を引っ張り出すか(どんなイメージを想起するか)」を把握したうえで、言葉を選ばなければならないのです。
これは、とても重要なことなので、繰り返します。重要なのは、自分がどんな“文字列”を伝えるかではなく、その文字列によって、相手がどんな「心像」を抱くかです。同じ言葉を投げかけても、その言葉によって引っ張り出される「心像」は人それぞれです。正しく伝えたいのであれば、正しい(意図どおりの)イメージ(心像)を描いてもらえるようにしなければいけません。投げかける言葉を相手によって調整するのです。伝え手であるあなたが言葉を変えなければいけないのです。
「気が利く人」とは、相手の状況を推察して、「もしかしたら、こうした方がいいかな」と考えられる人です。「相手にわかりやすく伝えられる人」も同じです。「もしかしたら、この表現をしたら誤解するかな。別の言い回しの方が伝わるかもしれない」と考えれる人が、「わかりやすく伝えられる人」なのです。
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