自分の言葉が、結局一番おもしろい

フジテレビ「とくダネ!」に出ました

ぼくはもともと、とくダネ木曜レギュラーなんですが、最近はもっぱら火曜日と金曜日に出番が多く回ってきます。今回は久しぶりに木曜日に登場。

今回のネタで気になったのは、高齢者が起こす自動車事故についてのニュース。

高齢者が起こす自己の比率が年々増えているそうです。まぁたしかに、高齢者人口自体が増えているし、若者はどんどん車離れが起きているし、都会に住む人たちは車いらないし。

そう考えると、「高齢者ドライバー」の比率が高まるのは自然です。そして、高齢者がかつてのような運動神経、反射神経を持ち合わせていないことも自然なこと。そういう背景があって、高齢者が引き起こす自動車事故が増えているのでしょう。

ここで「運転能力がない高齢者が免許を持っていること自体が問題」「試験をやって、能力が満たない人からは免許を取り上げよう」という動きが出ています。

そして一方で、「高齢者こそ、生活をするうえで車が必要なのに、それを取り上げるのか?」という声もあります。

 

どちらにも一理ある議論で、どちらが正しいということはないんだけど、一つ忘れてはいけないのは、すべては「天秤」だということ。

「自動車がなくなって、自分が感じる不便」と、「自分が加害者になってしまうリスク」の天秤。

社会的には、

「大勢の高齢者に不便な生活を強いる政策」と、「事故でまったく関係ない人が亡くなる危険性」の天秤なわけです。

 

事故の被害者は、「高齢者から車を取り上げろ!」と考えたくなるだろうけど、自分の親や、将来の自分からも車を取り上げることになっていいのかを考えなきゃいけない。

ドライバーは、「そんな不便な生活はできない。死ねというのか!」というかもしれないけど、自分の子どもが高齢者の「不注意運転」で亡くなったらどうするかを、考えなきゃいけない。

 

どちらにしろ、100%みんなが納得する解決案なんてないので、「決める」ことが求められますね。

ちなみにぼくは、高齢者に限らず、危なっかしい運転をする人の免許はすべて反対です。意識的にせよ、無意識にせよ、危ない運転をする人は、凶器を持ち歩いていることを自覚しなきゃいけない。自分が死ぬだけならまだしも、他人を巻き込んでしまうことを「不注意」で済ませてはいけないと思ってます。

 

 

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