自分の言葉が、結局一番おもしろい

自分の言葉で伝えたい

こんにちは、木暮太一です。

コミュニケーション能力を高める方法をいろいろ書いているこのブログですが、最近は「子どもの言葉を引き出す方法」に興味がありすぎます。でも、悪いことではないし、ぼく自身とても楽しいのでそのまま放置しようと思ってもいます。

「読書感想文が書けない」「何を食べても、何を経験しても」「いつも同じ“ひとこと感想”しか言えない」

多くの親は、「うちの子は表現力がない」「この子は何も考えていない。意見がない」と感じ、嘆いています。しかし、じつはそうではありません。子どもに表現力がないのではありません。「どう表現していいのかわからないだけ」なんです。そしてもちろん、子どもに意見がないわけではありません。「意見や考えを言葉にできないだけ」なんです。

●「昨日の食事、どう思った?」

「どう思った?」と問いかけられたら、大人でもうまく答えられません。「昨日の食事、どう思った?」と聞かれたら、なんて答えるでしょうか? こんなざっくりした問いかけをされたら、大人でも大したコメントはできません。

「おいしかった」「おかずの味が濃かったなぁ」「やっぱり、白米が好き」

その程度のコメントしかできないのでは? 「感想を言え」と言われても、何を言っていいのかわからないんです。つまり、ぼくたちは大人でもできないことを子どもに求めているんです。もともと、できるはずがないんですね。

同じように、

「いま働いている会社をどう思う?」

「最近見た映画/テレビ番組、どう思った?」

「今日の新聞の一面に合ったニュース、どう思う?」

に答えられますか? しっかりとした感想・コメントができる人はかなり少ないのが現実です。

 

●こんな指導はいけない!

自分の意見が言えない子ども、作文が書けない子どもに対して、多くの大人がしてしまう「NG指導例」を紹介します。これらの指導では子どもは自分の意見を言葉にすることができなくなります。

①  「5W1H にまとめよう」?

子どもに発表させたり、意見を書かせたりする時に、「5W1H」でまとめるように指導してはいけません。5W1Hとは、【 いつ、どこで、誰が(誰と)、どのように、何をした 】ですね。ぼくたちは、いろいろな場面でこの「5W1H」を明確にするよう教えられ、指導されてきました。でも、子どもが作文を書く時、自分の意見を伝える時には、5W1Hでまとめてはいけないのです。

なぜか?

それは、「自分の意見・感想が入らないから」です。5W1Hは“事実”です。時系列に事実をまとめるだけで、「感想」も出てこなければ、「意見」もありません。5W1Hを書いたあとで、決まり文句のように「楽しかったです」と書くのが精いっぱいでしょう。

===
いつ   :昨日
どこで  :学校で
誰が誰と :ぼくが○○君と
どのように:休み時間が終わるまで
何をした :パズルゲームをしました
……楽しかったです
===

これは感想ではありませんし、何の意見も入っていません。単なる「状況報告」でしかないんです。「うちの子どもは意見が言えない」「感想を聞いても、『楽しかった』とか、『うれしかった』とか、ありふれたことしか言えない」と不満をこぼす親御さんがいます。でも、5W1Hにまとめさせたら、単調なことしか言えなくなります。それは当たり前のことなんです。

 

②  「起承転結にまとめよう」?

「起承転結でまとめればOK」と考えている人も多いです。ただ、この起承転結で書こうとすると、意見を言えなくなります。感想文を書けなくなります。

なぜか?

考えてみてください。起承転結の、「承」には何を書くのでしょうか? 「転」には、どんなことを書けばいいのでしょうか? みなさんの中で、「承」「転」を明確に定義できる方は少ないでしょう。大人でもわからないんです。そもそも「起承転結とは何か」がわからないのに「起承転結で書く」ことはできませんね。もともと、かなり無理があるんです。「起承転結」ではなく、「序論・本論・結論」という指導もありますが、これも一緒です。

「序論」って何ですか? 「本論」ってどれですか?

大人でも明確に定義できる人はかなり少ないです。ここで多くの子どもたちが混乱します。そして、何も書けなくなっているのです。

 

●子どもが、自分の意見・感想を言葉にできるようになるには

ではどうすればいいのでしょうか? じつは、それほど難しいことではありません。次の【2ステップ】を踏めば、子どもたちは自分の意見・感想を他人に伝えられるようになり、また文章にまとめることもできます。その【2ステップ】とは

1.自分の意見や感情を言葉にする

2.それを他人に伝える方法を知る

です。まず、自分の意見を言葉にしなければいけません。人間は何か感情を覚えても、それを毎回言葉にしているわけではありません。「なんとなく好き」と感じても、それが「楽しい」だったり、「おもしろい」だったり、「興味深い」だったりしますね。でも、その都度わざわざ厳密に「この感情は『楽しい』よりも『おもしろい』だな。いや、『興味深い』という方が適切か」などと考えたりはしません。感じることはあっても、それを言語化してはいないのです。でも、自分の感情や意見を他人に伝えようとする時には、頭の中で感じたことを言葉にしなければいけません。その頭の中を表す適切な言葉を選べなければいけないのです。

 

●大人の役割は「引き出すこと」

ぼくら大人はどうすればいいのでしょうか? 大人の役割は、子どもたちの意見・感情を言葉として引き出すことです。子どもたちが自分では言葉にできない感情を引き出してあげるのが大人の役割です。以前、横須賀市の小学校で「作文」の授業をしてきました。3年生の2クラスに45分ずつ。最初の10分はアイスブレイクなので、実質35分での指導です。たった35分ですが、子どもたちを大きく変えることができました。

感想1
授業後、児童が授業のアンケートを書いてくれました。

 

「ポイントだけでこんなにすごい文章が書けたことに自分もびっくりしました」

「間違いは絶対にないと言ってくれたので作文を迷わず書けます。よかったです」

「いっぱい、いろんなことをみんなに言いたくなりました」

「今日の授業ではずかしさが少しなくなった。これからもいっぱい手を挙げていっぱい発言しようと思いました」

「作文を書くのが苦手ですが、すこし自信が持てました。作文を難しく思わなければいいと教えてくれた先生のおかげです」

などなど、多くの感想文が書かれていました。「もっともっと発表して、立派な大人になりたい」という声も。

行ったのは「作文の授業」ですが、それは「文を書く授業」ではありません。自分の考えを認識し、感情にグラデーションをつけて、相手にわかりやすく伝える訓練をする授業です。これを通じて子どもたちを変えられる確信を持っています。

●ぼくが子どもたちに「教えたこと」

では、ぼくがこの45分の授業で何を教えたのでしょうか? じつは、「教えた」と言っても、【問いかけ】が並んでいるプリントを配布して、順番に答えてもらっただけです。ポイントは、

・子どもたちの意見・考え・感想を引き出す問いかけをしたこと
・それを他人に伝えるための順序付けをしたこと

です。プリントにある質問項目に、順番に答えていけば、自然と原稿用紙1枚半くらいの作文が書けてしまいます。それほどシンプルな問いかけです。つまり、大人は、「教える」のではなく、子どもたちがプリントに書きこめるよう、サポートをしてあげればいい。子どもがつまづいたら、一緒に考え、ヒントを出してあげればいいんです。
もし子どもがつまづいたら、子どもの意見を引き出す 「問いかけ」 をしてあげてください。そうすれば、再び筆が進んでいきます。

 

●絶対にやってはいけないこと

子どもの意見を引き出す時に、「絶対にやってはいけないこと」があります。それは、「否定」と「修正」です。
子どもが書く内容を否定しないでください。子どもたちが書く感想や意見に満足できないことがあるかもしれません。「くだらない」「単調でつまらない」と感じてしまうことがあるかもしれません。でも、そこで「もっと他に書くことないの?」「こんな詰まんないことしか言えないの?」と否定しないでください。また、「もっとこういう風に書けないの?」と“手本”を示したりするのもいけません。

大人が“指導”すれば、その場はしのげるかもしれません。大人が満足する作文に修正されるかもしれませんね。でも、大人が否定したり、修正したりすると、子どもたちは自分が言った意見・書いた感想が「間違い」だったと感じるようになります。そして「正解」を探し始め、「正解」にならおうとします。

でもそれは、その子の意見ではありません。その子は自分の意見を素直に出さなくなり、どこからか借りてきた「正解」を口にするようになります。

誰かが示した「作れた正解」を語ってほしいですか?
それとも、自分の考えを言える子に育ってほしいですか?

 

ぼくらと一緒に子どもたちの言葉を引き出しませんか?

一般社団法人 教育コミュニケーション協会主催 【キッズ作文トレーナー養成講座

 

キャプチャ

3キャプチャ

関連記事一覧

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。
PAGE TOP